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Higashimurayama city Yasaka Elementary School

TEL. 042-391-8115

〒189-0013 東京都東村山市栄町3-34-1

学校だより(巻頭)令和2年度CONCEPT


令和2年度

1月号
<自分だけ緩むことを許さない>
■本校自慢の子供たち
本校には、いいことをする子がたくさんいます。校庭に置き忘れてきた紅白帽が手元に戻ってきたときに「ありがとう」と言える子がいます。時間に遅れて迷惑をかけないようにするために意識して行動する子がいます。遠くからでも「校長せんせ〜、こんにちは〜」と元気にあいさつができる子がいます。コロナに感染しない、感染させないように、給食中のおしゃべりを毎日毎日我慢している子供たちがいます。大人が会食などで陽性になる一方で、給食が要因でクラスターが起きたというニュースを聞いたことがありません。
■2つの子育て論 子育ての方針を論議する場面によく引き合いに出される2つの考え方があります。古来から言われているこの2つ。みなさんは、どちらに近い考え方ですか?
●人は、もともとよい心をもって生まれてくるのだから、それを伸ばすことを大事にし、悪い心を学ばないようにせよ。(孟子による性善説)
●人は、もともと悪い心をもって生まれてくるのだから、よい行いを身に付けさせ、悪い心がよい心になるようにせよ。(荀子による性悪説)
■子供たちに伝えるべきこと この2つの説に優劣をつけるつもりはありませんが、共通することは、「よいことと悪いことをきちんと教えること」「よいことをしたときには、褒めること」「悪いことをしたときには、叱ること」です。子供は、生活の中で自分の思い通りに事が進めば満足です。しかし、自分にとって不本意な状況になりそうに感じてくると、周りの友達のじゃまをしたり、イライラして自分のやる気をなくしたりするなど心のコントロールを失います。こうした子供は、近年、増える傾向にあるようです。
■大人が見本を見せる 「自分一人ぐらいいいや」「少しなら大丈夫だろう」という理由で、自分勝手にしたりわがままにしたりすることで、不公平が生じたり無理が通ったりしては、集団生活は成り立ちませんし、その子供の将来にもよくありません。ここは、子供を取り巻く全ての大人がひと踏ん張りして、「ルールやマナーに違反する」「するべきことをやらずに怠ける」「人の邪魔をして優位に立つ」などについて「やめなさい!」と、きちんと教えておく必要があります。学校でも繰り返し指導し、今年も、本校自慢の子供をたくさん育てています。
12月号
<手のぬくもり>
■手当てをする
お腹が痛いときにお腹をなでるという行動は、誰もがやったことがあるのではないでしょうか。「お腹が痛い。」と保健室に来ても、椅子に座って手のひらでお腹を押さえてかがむようにしていると「よくなったような気がする。」と言って、教室へ戻っていくこともあります。痛みや不快を感じる場所に無意識に手を当ててしまうのは、手に癒やしの効果があることを本能的に知っているからでしょうか。これが「手当て」の語源になっているという人もいますが、優しい表情や言葉よりも「手当て」には絶大な効果があるようです。
■手のひらの効能
人間は、その進化の過程に物を掴むことを組み込んだため、手は、物を掴みやすいように手のひら側の筋肉が強く複雑に作られています。一方、手の甲の筋肉は、弱く、普段意識しないと働きません。そのため、手は、手のひら側の強い筋肉に常に引っ張られている状態となり、いつも何かを軽く握っているかのような形に丸まっています。眠っている赤ちゃんの手も可愛さのアピールではなく、人間の手の筋肉のバランスにより丸まっているだけです。やわらかくて温かいのが、手のひらなのです。
■スキンシップ不足
柔らかくて温かく、いい感じがするものですから、不安や緊張を感じたときに心を落ち着かせる以外にも、手のひらによる効果が期待できます。周囲の大人から「いい子ね〜」と頭をなでてもらったり、「すごい!」と肩をさすってもらったりしたときです。こうして人間は、体に手のひらを当てて撫で、さすることで感覚を覚醒させ、体と心と、さらに頭までもつなげようとしたのでしょう。しかし、今、コロナのために互いに触れ合うことが、ご法度になり、スキンシップが不足がちになっています。
■手のぬくもり
コロナ禍での「新しい生活様式」を強調した学校生活の中では、スキンシップのような身体接触が激減し、子供たちの「触れる」という感覚が変化してきているかもしれません。触れることができない代わりに言葉や表情などで伝えるには、膨大なエネルギーが必要です。コロナを避けるために「3密」となるような環境を作らないことは極めて重要で、今後も継続していかなければなりませんが、そのために人と触れ合う場面が失われ、手応えがない空虚な生活になってしまっている子がいるとすれば、全力でのフォローが欠かせません。
11月号
<自分の思いを作品に・・・>
■指の動きの痕跡を追う 目の前にこぼれた水滴を指でなぞってその形の変化を楽しんでいる赤ちゃん。自分の指が動いた痕跡が残ることが面白いと分かると、ニコニコします。手のひらでぐいぐいやるとこすれたようにもなり、牛乳やスープなどの場合だと、水をなぞるのと違って汚れることにも興味が湧きます。それは、およそ絵とは思えず、作品を作るという意図もないはずですが、ひとつひとつの行為を確かめながら遊んでいる状況で、まちがいなく、芸術との出会いがそこにあるように思えます。
■なぐり描き その後、クレヨンなどを手にするチャンスがあれば、そこらへんを汚し放題に楽しむ描画遊びの時期となります。ぐしゃぐしゃな強い線もたくさん引かれますが、やがて、曲線が引かれるようになってきます。大人から見て、ただのいたずらとしか見えないこの「なぐり描き」は、物と自分との関係を知り、眼と手の運動を一致させるものであり、快い満足感を得ているのです。そのうちに、子供は話をするようになり、円形らしき物を指して、「りんご」とか言いますが、それは大人からみれば、そのものの形といえるものではありません。
■芸術の誕生 人類が地球に初めて登場したころ、言葉はしゃべれませんでした。人間がこのような本能を持っているとすれば、人間が言葉という文化を持たなかった時代においては、絵で「りんご」を表現することでコミュニケーションを取り合っていたに違いありません。実物のように見えずとも、「りんご」であると理解できたことは推察できます。その絵を見た他の人が「私もそう思う」と感じたら、それが芸術的感動の始まりです。表現したいことを何とか伝える術を手に入れた瞬間といえます。
■ネット依存とコミュニケーション 直接対面をせずネットに依存するような社会では、嫌なことは簡単に消去できます。しかし、現実には、相手の表現したいことを分かり合える手段を互いに探り合う、それが本来の人間のコミュニケーションです。AIには分かりえない表現の微妙なニュアンスでさえも、人類は、その歴史において無意識のうちに理解し、コミュニケーションを楽しむ能力があったのです。
「自分の思いを作品に 個性あふれる展覧会」
今年の展覧会のテーマです。お時間がありましたら、ご覧ください。
10月号
<運動会は、子供のためにある>
■運動会の始まり
運動会は、明治時代に行われた海軍兵学寮での「競闘遊戯」が最初とも言われています。運動不足だった学生たちのストレスを発散させることを目的として始められました。 短・中距離走、走り高跳び、二人三脚などに加えて、油をぬってツルツルした子豚をつかまえる競争もあったそうです。 大盛況に終わったこの運動会に目を付けた初代文部大臣森有礼が、軍隊式の訓練により愛国心を高める兵式体操とともに全国の学校で行うよう義務付けられたのが、学校の運動会の始まりです。
■運動会の目的
その後いくつかの戦争を経て、第二次世界大戦中には軍事的要素が次第に強まり、訓練を目的とした種目が取り入れられるようになっていきました。 「気を付け」「前へ、ならえ」などの集団行動など整然としたパフォーマンス、敵を倒す目的の騎馬戦や棒倒しなどの競技が種目として扱われ、子供たちをいかに統制するかなどが運動会の重要な意義になりました。 村に1つか2つしか学校がなかった時代、その村の若者がどれだけ国民として立派になったかを村人に見てもらうことも運動会の大きなねらいでした。
■最近の運動会
こうした歴史の名残で、戦後になっても、保護者や地域等への見栄えとともに、教師の言うことをよくきくキビキビと動ける子供を見せることが、あたかも運動会の目的のようになっていきます。 しかし、戦後になって定められるようになった学習指導要領に「運動会」の文字は、今日に至るまで登場しません。学校行事の一つの例とされているだけで、学校で必ずすべき教育活動ではなくなりました。 それでも、各校で運動会が続けられているのは、運動会が子供のために行われるからです。
■今年の運動会は…
運動会は、全校の児童が、学年の枠を越えて互いの頑張りを認め合い、「人間関係形成」「社会参画」「自己実現」を目指していく学校行事です。 2年生が5年生の演技を見て「自分たちは、スマイルで踊るけど、5年生のソーランは表情が力強いな」と感じたり、6年生が普段お世話している1年生のYSKから、 自分自身の6年間の成長を見い出したりすることにもなります。 今年度はコロナ対策のため、子供たちの椅子を前後左右1m以上の間を開けて並べますが、それでも子供たち同士は交流し合い、互いの心は通じ合っていくのです。
8・9月号
<学校外でのICTの使い方>
■ICTと日本の15歳
2018年に実施されたOECD(経済協力開発機構)による「学校・学校外におけるICT利用」についてのデータがあります。15歳の子供を対象にした調査で、ICT社会を生きていく子供たちの実態から、興味深く見ることができます。「学校のある日、学校以外の場所でインターネット(スマホ等を含む)をどのくらい利用するか」について「2時間以上」と答えた15歳は、日本47.0%に対し、OECD加盟37か国の平均は66.2%でした。日本は、他国に比べるとまだそれほどではないとも読み取れます。
■勉強にICTを使わない国 bP
「国語の授業でデジタル機器を利用するか」を見ると、「利用しない」15歳が日本は83.0%。OECD加盟国の平均は48.2%で、その中で最下位です。数学や理科などでも日本は、授業でICTを使わないbPの国です。また、「コンピューターを使って宿題をするか」についても日本は78.8%が「まったくか、ほとんどない」との回答。(OECD平均は、22.1%)日本は、授業でも宿題でもICT機器を使わない国bPとなっています。
■ICTを使って遊ぶ国 bP
世界の他国は、ネットで調べたり学習サイトを閲覧したりするほか、友達と連絡し合いながら宿題をしているので、ネットを利用する時間も多いのでしょう。では、日本の15歳は、何をするときにネットを使うのでしょうか。「1人用ゲームでほぼ毎日遊ぶ」との回答は、47.7%で2位ギリシャの35.7%を大きく引き離す断トツ世界一(OECD平均は、26.7%)。「チャットで毎日遊ぶ」については、87.3%で、こちらも金メダルです。(OECD平均は、67.2%)
■GIGAスクール構想の前倒し
2019年12月に出されたGIGAスクール構想では、今後4年間で1人1台端末整備などの方針が示されました。コロナ禍にあってOn Lineでの家庭学習の必要性が高まったことから、前倒しで進められていますが、日本の15歳は、日常的にスマホなどのデジタル機器に触れ、使いこなしているのにもかかわらず「遊び」にばかり利用しているという実態を改善しなければ、いくらネット環境を整えたとしても、ICTを活用した先進的で合理的な教育機会となりません。
7月号
<新しい生活様式>
■凧の糸
凧が空高く飛べるのは
誰かが糸を
引っぱっているから
でも凧は
その糸さえなければ
もっと自由に
空を飛べると
思っている
その糸がなければ
地上に
落ちてしまうのも
知らずに
■「自由」をコントロールする
これは、平成15年5月15日付のある新聞に掲載された詩です。この詩に対して曽野綾子氏は、「凧の糸は、失敗、苦労、不運、貧乏、家族に対する扶養義務、病気に対する精神的支援、理解されないこと、誤解されることなどのこと。それらは、確かに自由を縛るようには見えるが、その重い糸があるからこそ初めて凧は強風の青空に昂然と舞うのである。」と述べています。
■「ご自由にお使いください」
「自由」と聞くと、「何の束縛も無い」、「したいことができる」、「何やってもかまわない」との錯覚をしがちです。6年生が移動教室で行くはずだった(10月に延期)野沢温泉にあるお土産の方の話です。「うちのトイレは、お客様に使ってもらうために『ご自由にお使いください』と書いてあるので、どなたが使っていただいてもいいんですが、それでも何か一言あってもいいんじゃないかと思うんです。お土産を買いに来る子供だけが『トイレ、貸してください』『ありがとうございました』って言っています。」
■「自由」にできないを、どう過ごすか
給食の時間は、グループで机を合わせて「自由」におしゃべりしながら食べることが普通でした。しかしコロナ禍の今は、全員が前の黒板の方を向いて食べています。教室の中は、放送委員がかけてくれる音楽が流れてくるだけです。「自由」にしたいところを子供たちは、辛抱強く生活しています。「コロナに負けないンジャー」のように…。
6月号
<あたりまえ>
■近所のラーメン店
家の近所にあるSというラーメン店も緊急事態宣言とともに営業を当面の間、自粛せざるをえない状況となり、4月からシャッターが閉まりっぱなしになりました。シャッターの張り紙に書かれた「当面の間、営業を自粛します」の文字が、悔しさを物語っているように感じました。ところが先週、それまで閉まっていたシャッターが半開きになっていたかと思うと、土曜日には店は開いていました。中に入ると、切り盛りするご夫婦の「どうも! いらっしゃい!」という元気な声といつもの笑顔。変わらぬ店内の光景にジーンときました。
■いつもの「あたりまえ」の味
店内を見回しても、昨日まで営業していたかの如く、ご夫婦ともいつもどおりに餃子を焼き、みそラーメンを作っています。何か不思議な感じでした。「昨日までは、何だったのだろう」と…。待ち焦がれた餃子とみそラーメンの味は、特段、格別においしかったというわけでなく、「いつものあの味だ。同じ店なんだから、あたりまえのことか。」と思いつつ、しかし、その「あたりまえ」なこと自体が妙にうれしくて、しみじみしながら餃子を平らげ、ラーメンの汁をすすりました。
■マスクからのぞく笑顔
学校が再開されるようになって、子供たちの日常が戻ってきたかのように見えます。とはいえ、はじめはクラスが午前と午後に分かれての分散登校です。隣の席の友達がいません。前や後ろの席のともだちもいません。近くにおしゃべりできる友達がいないためか、どのクラスも静かに勉強しています。それでも、友達と一緒に一つの空間を共有できることがうれしいようで、マスクの上からでもニコニコしている様子が分かります。
■学校の新しい生活様式
「3つの密に気を付ける」が合言葉ですが、休み時間には、ついつい友達に近寄ってしまいます。今後、クラスが一緒になってみんなで勉強できるようになったあとも、「学校の新しい生活様式」によってこれまであたりまえにできていたことが、あたりまえでなくなることがたくさんでてきます。仲よくしたいけど、近寄ってはいけないというジレンマが、子供たちを悩ませます。それでも子供たちは、ONLINEでは決して得られることのない学校という場所の匂いに、味に、風に、毎日どっぷりと浸りながら、仲良しの友達と一緒に成長していきます。
5月号
<「8時だョ! 全員集合」の功罪>
■見せたくない番組 bP
昭和五十年頃に高視聴率を稼ぎ出した「8時だョ! 全員集合」について、当時のザ・ドリフターズのリーダーであったいかりや長介氏は、のちに「決して、子供向けの番組にしたつもりはない。」と語っています。コントには、メガホンで頭を殴る、食べ物を粗末にする、下品な言葉を使うなどが含まれており、子供たちが真似しては困るようなネタが満載でした。そのため、毎年のように、当時の日本PTA全国協議会から子供に見せたくない番組ワースト1位となっていました。

■コントと現実の峻別
いかりや氏が先生役となる学校コントでは、一部の子供が先生を馬鹿にしたり、立ち歩いたり、わざとふざけた答えを言ってみたりするなど、いわゆる“学級崩壊”に近い様相を示す時さえありました。しかし、当時の子供たちは、実際に学校では、そのようなことはしませんでした。さっきまでさんざん悪態をついていた加藤茶氏から、番組のエンディングで「宿題やったか?」「お風呂入れよ」と言われ、コントの世界から現実に引き戻されるからでしょうか。「また、来週も、がんばろう」という気持ちになったのでした。

■他人を傷つけない信念
先生役だけでなく隊長、課長、母ちゃんなどに扮するいかりや氏と、それに従う立場にある個性的なメンバーの織り成すコントは、アドリブやアクシデントによる笑いはなく、綿密に仕組まれていました。いかりや氏が、目指したものは、「メンバー以外、他人の悪口を言わない」「素人いじりをしない」「自分たちだけが知っている秘密をばらすことを許さない」コントでした。それは、他人を傷つけない中での笑いづくりに徹したプロ意識でした。

■「いのちとこころ」を考える
今、子供たちが見ているテレビ番組の中で、「人を馬鹿にする」「聞かれては困ることに『ピー』が入る」など、他人を誹謗中傷するようなシーンを見ることがあります。「人がいやがるようなことを言って、それをみんなで笑うことが楽しい」そして、「それは正しい笑いである」と子供たちが認識してしまうと、学校・学級という集団社会の中では、規律と秩序が崩れていきます。「人を傷つけないようにしよう」「来週も、がんばろう」と、子供たちの誰もがセルフジャッジできるよう、周りの環境をどう構築していくか、「チーム八坂」たる大人の責務です。
4月号
<子供のための「チーム八坂」>
■始まります、プログラミング
AI搭載ロボットを電車に乗せようとするとき、「ホームの待機線を感知せよ。周囲とぶつからないように並べ。ドアが開いたら乗れ。」と、目的を遂行するための手順をプログラムしないと動けません。しかし、このままでは、電車から降りてくる人がいた場合に困るので、「降りてくる人がいるかどうか感知せよ。いたら、乗るのを待て。」と、プログラムを追加します。さらに、ドアの正面で待っていたのでは、じゃまになるので、「降りてくる人を感知したら、右によけよ。」とプログラムしておく必要があります。

■主体的に考える力
このとき、「降りてくる人のじゃまだから」といった情報は、AIには、不必要です。降りてくる人をよけるAIを見て、「ちゃんと考えていて、おりこうさんだ。」と思ってしまうかもしれませんが、「命令どおりに動けば文句ないでしょ。」がAIです。その行動は、決して相手意識に立っていません。「相手のことを考えながら行動すること」や「過去の経験を活用して行動すること」は、AIにはできません。これからの時代、人から言われたことしかやらない“指示待ち人間”をこれ以上、育てるわけにはいかないのです。

■未来に生きる子供たちへ
AIが共存する未来を生きる子供たちに、どのような力を身に付け、また、その力をどのように引き出し、発揮できるようにするかは、子供たちにかかわり、彼らの成長を見守っていく全ての大人の役割です。学校・家庭・地域が、それぞれの役割の中で子供たち一人一人に寄り添い、向き合っていく大人集団の総称が、子供のための「チーム八坂」です。「チーム八坂」の皆様方にご理解、ご支援をいただけることにより、学校が子供への指導に一層専念できる環境が整えられ、子供たちの成長がいっそう図られます。

■「チーム八坂」
輝く瞳をいっそうキラキラさせながら、新たに八坂小の仲間となる103名の1年生が門をくぐり、全校児童758名が新年度のスタートを切りました。教職員一同、子供たちが、これからどんな成長を積み重ねてくれるのか、たいへん楽しみにしています。
新しい学習指導要領や働き方改革のスタートともなる今年度。教育内容や方法が大きく変わる中、より質の高い教育活動が行えるよう教職員が一丸となって取り組みます。「チーム八坂」の皆様方、どうぞよろしくお願いいたします。
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バナースペース

東村山市立八坂小学校

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